Official髭男dism パラボラとシュタイナーの人間観

歌詞の引用 出展 Official髭男dism|パラボラ
作詞・作曲: 藤原聡、編曲: Official髭男dism

こちらの曲は、初めて聴いた時は、引っ越しの時の不安な気持ちとこれから始まる期待感が表現されているのだろうなと思っていました。でも、曲名はパラボラとつけたのはなぜだろうと思っていました。

その後、ある企画を考えているときに、軌跡を描くというキーワードが出てきて、そういえばパラボラの歌詞の中でそんなフレーズがあったななと思い、あらためて歌詞をじっくり見てみました。僕のイメージでは、パラボラは「パラボラアンテナ」を指していて、電波を受けて集約するものでした。実際には、集約させるときのお皿の形が、放物線を回転させた放物面であり、その放物線の軌跡を指していることが分かりました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/放物線

そして、2番の歌詞を読み進めていくと、いくつか気になる点がたくさん出てきます。

歌詞の考察

暗い部屋に鳴り響いた誰かの鼻歌
声ですぐにわかったよずっとここにいたんだ

--出典 パラボラ Official髭男dism--


暗い部屋?誰かの鼻歌?ずっとここにいた?声ですぐに分かった?
自分以外でずっと近くにいて、声でわかる人って誰?


君が僕に歌い継いだ いつかのララルラ

--出典 パラボラ Official髭男dism--


君って誰だろう。歌い継いだ?その前も存在するということ?歌い継がれている?
ララルラは、その「君」が昔歌っていた鼻歌?


(脱線)

米津玄師さん作詞・作曲の「パプリカ」にも「らるらりら」というフレーズが出てきます。
ハレルヤという言葉も出てきており、パラボラ・パブリカ・ハレルヤと似た響きもありつつ、 カイトという曲にも「ラルラリラ」が出てきますね。さらに、Official髭男dismさんの「チェスボード」にはカイトと似たようなフレーズもありつつ、チェスの盤上と空の天上界のような視点もあり、この2人には違う世界が見えているのだろうなという気もします。

「パラボラ」に戻ります。

胸ポケットで密かに呼吸をしている夢ならば
必ず僕がちゃんと叶えておくよ

--出典 パラボラ Official髭男dism--


ポケットに密かにということは、自分しかアクセスできないかなり近い領域?
そこで呼吸をしているということは、生きている夢。しかも、それを「僕」が叶えると。
二人の共通する「夢」をまずは、君に先立って僕が叶えると。


互い違いに歩き出した僕の両足

--出典 パラボラ Official髭男dism--


1番では、期待感と不安感の2面での両足だったが、ここは「君」と「僕」?


どんな未来のアスファルト踏みしめていくんだろう

--出典 パラボラ Official髭男dism--


未来に訪れるどんな面を踏みしていくのか?
(アスファルトは天然のものから石油のものまであり、高温で液体になるなどの有用な面がある。変容できる)
未来のアスファルトはどんな形でどんな土台になっているのか、君のためにも僕のためにもどのように踏みしめていくのか。


靴底を擦り減らしてドアの向こう側

--出典 パラボラ Official髭男dism--


ドアの向こう側に行くには、靴底が減るくらいの切磋琢磨がいるのか?
ドアの向こう側とは。すぐそこの越えなければいけない領域のことなのか、将来の先にあるドアなのか。


まだ遠くて不確かでぼやけてる理想像も
追い越すような軌跡を描いていけるよ

--出典 パラボラ Official髭男dism--


君のことはまだはっきりとしないけど、だけどその理想像は感じる。
そこに向かって、君に追いつきもっと高い次元へいくために、僕のこれからの軌跡を見ていてよ。


そして遥か先をゆく
どっかの僕が迷わないように
眩い光放ってみせるよ

--出典 パラボラ Official髭男dism--


このCメロの部分。遥か先をいっている「僕」がいる。そこに光を届けたい「僕」がいる。 どっかの僕という表現がよいですね。いつかではなく「どっか」。未来のどこかということもありますが、自分の関連しているどこかということもあるのではと思います。 眩い光も、これは輝かしい業績とかではなく、僕が僕になっていくその生命の輝きなのでは。


シュタイナー教育は、自分が本当の自分に出会っていくことを、その学びの中から自分で気づく(見つけていく)ことが盛り込まれていると感じます。世界を知るためのさまざまな仕掛けが用意されていて、いろんなことがつながっていること理解していきます。そして、世界や人間の叡智に感動し、そこに感謝し、その喜びを自分への祝福として受け取ります。 「パラボラ」は内なる自我を見つけ、世界のエネルギーを吸収し、大きく成長していく、まさに高等部から卒業して自分の足で歩んでいくときの詩なのです(勝手に言い切りました!)。

これを前提に、1番の歌詞を眺めると、自我の気配を感じたときのうれしさと怖さとの困惑感が描かれていることが分かります(ちょっと無理矢理な解釈ですね!)。

ダンボールだらけから幕開けた日々は
想像よりも少しだけ忙しく過ぎていってる
片づくことを知らないこの部屋はなんだか
他の誰かの暮らしから借りてきたみたいだ
まっさらなノートの上
一文字目を書き出すようにして
期待感と不安感が混ざったインクに浸した心で

--出典 パラボラ Official髭男dism--

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